仮想世界への移住とボソン・フェルミオン理論

2018.02.05

テクノロジーが整備された無人島ほど素晴らしい環境は無い. 個人の権利を最大限尊重するなら, 全人類で仮想世界へ移住すべきだ.

ある無人島に一人が到着して, そこで生活をしているという状況を考えよう. その人は島に植生している木から果物を得て食べることができるし, 木材を利用して火をおこす道具を作る,生活の拠点となる家を作る, 船と釣竿を作るということもできる. 島中を気楽に探索できるし,綺麗な石を拾って飾ることも出来る. なにもかも自由気ままに生活をすることができる.また, もしその人がコンピュータやドローン, 太陽光発電機などの文明の利器を持ち込めば,ゲームで遊んだり, ドローンで島周辺を探索したり, 太陽光でエネルギーを好きなだけ得ることができる. 島は無人なので水も木も石も, エネルギーも全部無料で自由に得て扱うことが出来るのである. 法律なんてものも当然無いのでどんなことをやっても誰に邪魔されることもない. なにも無い無人島でもテクノロジーが整っていれば生活は快適になる. 「誰も居ない無人島+テクノロジーが整っている」という状況に勝る素晴らしい環境はない.

ここでもし, 後にもう一人到着するとか, 最初に無人島に到着したのが2人以上であるとかという, 島の人口が2人以上になるような状況を考えると, 上記の自由気ままな状況は一気に崩壊してしまう.自分の家に誰かがいることで自分のプライバシーの問題が発生するし, かと言うて, 別々の家に住んだとしても, その自分とは別の人の家が存在するというだけで, 島の自由な空間は確実に減ってしまう. それに島にある資源も一人あたりの量が減ることになる. 確かに, 人数がいれば木から木材を得て何かを作るという時には作業がはかどるが, 一人あたりの将来得るはずだった資源の量はどうしても減ってしまう. それに他人がいることで争いごとが発生する. 相手と性格が合わずに口論になるとか, これからどうするかという方針が合わずに仲間割れするという可能性もある.こうなれば島は必然的に複数の領域に人為的に分かれてしまうことになる. そして, 別の領域に行くことも, そこの資源も得ることも自由にできなくなってしまう. このように, 他人がいることで, 他人に対して様々な形で配慮をしなければいけなくなるために, どうしても自由を縛るルールが発生する.

その後, 更に多くの人が島に到着したりすることで島の人口が増えると更に自由は減ることになる.人の数だけ, 自分に割当たる資源が少なくなるし, 土地も少なくなる. さらに, ルールはどんどん厳しくなって, いままで何にも縛られること無く出来たことが"違法"となって罰を与えられる対象にもなってしまう.この他にも, 多くの人口があることによって経済的格差も生じてしまう. ある人は多くの食料や報酬が得られるのに対して, 別のある人は食うのにも困るという状況に陥る可能性があるのだ. 人口が増えて社会が大きくなると, 現代社会に潜む様々な問題点がこの島にも生まれることになるのだ.

一人あたりの自由が人口増加に伴って減っていくという現象は何も最初に居た人だけに当てはまることではない. すべての住民が何かしらの自由削減の目にあっているのだ. 自分の自由と相手の自由. これが重なりあうと, 互いに争いが生じることがある. 自分が勝てば相手が損し, 相手が勝てば自分が損する. たとえ争いを回避するために何らかの妥協をしたとしても誰かが損することには変わりはない. 自由というものは重なり合わずに反発するのである. 同じ電荷を持った粒子が互いに反発するように.更に, この自由同士の反発は人口密度が大きいところで強くなる. 人が密集していればしているほど,一人に割り当てられる土地が狭くなり, 小さな家で生活することは余儀なくされる. これだけではなく, 一日に得る食料や報酬も少なくなるのである.

このように"自由"というものは同じ場所同じ時間に同時に存在することはできない. まるで電子のような素粒子(フェルミオン)が同じ場所, 同じエネルギーで, 同じスピンを全て同時に取ることができないのと同じようにである. 人は同じ場所, 同じ時間に同時に存在することはできないし, 綺麗な鉱石を複数人で同時に持つこともできない. 人間も含めこの世界にある物質はほとんどがフェルミオンであるのでこのようなことが起こる. 大きな人口が招く, 島での不自由のことを考えれば, 自分以外には誰も居ないという状況はなんて素晴らしいことだろうか. ここでもう一度第一段落を読みなおしてみよう. 「誰も居ない無人島+テクノロジーが整っている」という状況に勝る素晴らしい環境はない. このことを強く実感出来るであろう.

今回, もともと無人島だった島に多くの人口が住み着いたという例を考えた. これは実は地球全体についても成り立つし, しかも状況はより悪くなっている. 国同士で資源争い, 宗教争い, 領土問題で戦争がおきて大勢の人が苦しむし, 自然の資源はかなりの速度で減っていって資源問題が緊迫の問題になっている. 格差もより酷く, 地球上の人口の1%が地球上の財産の半分を所有してるという状況にもなっている. その上で大勢の人が住処にも, 食うものにも困っているのである. それに加えて地球の人口は急激に増加している. さらなる人口増加で上記の問題がより悪化すること間違いない.

ではこんな状況の地球で全ての人類が衣食住が保証され, 各個人の自由もきちんと保証されるという状況は実現するだろうか, 本当に実現できるだろうか. 実は可能である. テクノロジーの進歩によりそれが可能になる. 全ての人の間で利害関係がなくなればいい. 交差した光(ボソン)が互いにぶつかり合うことがないのと同じように. 仮想空間に全員が移住して一人ひとりに, 最適な仮想世界を割り当ててそこで生活を送ればよいのである. そうすれば, 資源の取り合い, 空間の取り合い, 自分と他人の自由が反発することも無いのである.

ここで次のような疑問が当然湧くだろう. 「そんなテクノロジーは可能なのか」と. 可能である. テクノロジーは指数関数的に発展している(収穫加速の法則). とくに情報テクノロジーの発展は速い. コンピュータの計算能力・記憶領域は爆発的に増加しているし, 現行の仮想現実(VR)を使えば別の世界へ大変良い没入感をもって移入することができるのだ. 2020年代後半には本当の知能を持ったAI, 汎用人工知能が実現すると言われている.このような人工知能はいずれ自分自身の性能向上を果たし, それがものすごい速さで進化していく. そして2045年にはAIが全人類の知能を超え, 生身の人間ではとても理解できない速さ, そして高度さでテクノロジーが発達していく. これが技術的特異点である. 今の我々がぼーっとしているだけで気がついたらものすごいレベルにまでテクノロジーは発展しているのである. その超絶なるテクノロジー発展のうちに全人類が仮想現実に移住することは可能になる.